No.61  Share.

 


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いっしょに使ったり、譲ったり譲られたり、分け合ったり、役割分担したり、
つまり、自分だけのものではないということ。
 
 
わかりやすいのは、おもちゃやおやつでしょうか。 

 

オサエテテ アゲルネ。

 

 

 

 

楽しく引っ張りっこしていれば、時には取ったり、取らられたり。

一方がいつも勝つなんてつまらない遊びではなく、お互い様で遊べること。
  
大好きなおやつも、隣の子のがうらやましくて横目で見ちゃうかもしれないけど、

無理矢理うばうことはなく、自分のと相手のが区別できること。
 
モノ以外でも、例えば
大好きな人のひざの上や横にくっついてる時、
お気に入りの窓辺で寝ている時、
いつもはいない人/犬といっしょにお散歩している時、
気になるにおいを真剣に嗅いでいる時、
知らない人が話しかけてきた時、
 
これは何を共有している(or 共有したくない)のでしょうか?
 
 
自分のお気に入りの空間。
大好きな人との時間。
 
心地よい気持ちを邪魔されたら… 誰だってちょっと嫌な気持ちになりますよね。
たとえ大好きな相手だとしても、いつだって何でもOKな訳じゃないもの。
 
 

 
ずっと意識してきたこの「共有」という感覚も、3歳の小さな人の子育てを通して、人と犬との共通点を改めて感じたりしています。
 
人と犬は違う種ですから、見た目も違うし、五感の使い方も全然違う。
それでも、共進化してきたとさえ言われる近しい存在だからか、哺乳類共通なのか、社会的なつながりや感情といった面では、時には擬人化して考えた方がしっくりくるくらい共通点にあふれています。
 
 
その子の見ている/嗅いでいる映像をイメージして、次の2文を読んでみてくださいね。
 
夢中で遊んでいたミニカーに、急に人の手がにょきっと伸びてきたら?
夢中で嗅いでいた木の根元に、急に犬の鼻がにゅっと出てきたら?
 
幼い頃、まだ共有体験が少ない頃は、びっくりして逃げてしまったり、やめて!と過剰に反発してしまうこともあるでしょう。
 
反対に、いつも人の手が出てくる度に大好きなミニカーを取られていたり、 
いつも犬の鼻が出てくる度に唸られたり、リードを引っ張られたりしていたら…?
 
安心感がないままただ「心地よくない」経験だけを重ねていれば、その後どうなるかは想像に難くない。
 
 
別に嫌なことをされた訳じゃないし、何の問題もなかった、むしろいっしょの方が楽しいかも?と感じる体験を重ねる内、自然と自然と共有するということに抵抗がなくなっていく、むしろ共有することに喜びを感じるようになるではないでしょうか。
 
それは決して「ダメ!」と言われて我慢を学ぶことではなく、
ルールだからと理不尽に押し付けられるものではなく、
 
 安心感
 
から生まれ出るもの。
 
きっとそれは、特別なトレーニングなどではなく、リビングでいっしょに寝そべったり、草や雪の上を「楽しいね」といっしょに歩いたり、時にはやんちゃにいっしょに転げ回ったり、そんな日常の中で自然と生まれてくるのだと私は感じています。

 

オハヨー

 

 

 

ちなみに、今一番幸せな我が家の「共有」は、お布団。
 
昼間はリビングで寝ることが多い犬も、夜になると私の布団の上。
真ん中で眠る犬を横にずらして、少しあたたまった布団に私ももぐりこむ。
幸せな時間です♡
 
凍えるように寒い日、

私に寄り添うのではなく、足元に置いた湯たんぽの上で寝ている姿を見ると、敗北感もありますが(笑)

 

 

Feb, 2019

 

 
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